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【遠距離介護】認知症の母と暮らす現実|夫が「同居介護は無理だ」と感じた理由

父がすい臓がんになり、夫は宮崎へ帰省しました。

目的は父の介護と看取りの準備。

でも実際に暮らしてみると、

一番大変だったのは認知症の母だったそうです。


目次

母の病気

母は、

・糖尿病
・腰椎ヘルニア
・脳梗塞の後遺症
・認知症

があります。

杖がないと歩けません。

それでも日常生活の多くは自分で行っています。


母の1日

朝は6時頃起床。

着替えをして顔を洗い、

ガスでお湯を沸かしてお茶を入れます。

仏壇にお茶を供え、

血圧測定。

血糖値を測り、

インスリン注射。


朝食も自分で準備します。

・食パン
・バナナ
・牛乳
・りんご

簡単なものなら用意できます。


食後は片付け。

ごみの分別。

ごみ出し。


ご飯を炊くこともできます。

トイレも一人で行けます。

洗濯もできます。


こう聞くと、

「認知症でも結構できるじゃない」

と思うかもしれません。

私もそう思っていました。


でも、できないことも増えていた

賞味期限がわからない。

冷蔵庫の中身を管理できない。


母はキャベツが好きです。

でも、

家にキャベツがあることを忘れてしまう。


買い物へ行く。

またキャベツを買う。


気づくと、

冷蔵庫にキャベツが3個。

そして腐っていく。


本人は悪気があるわけではありません。

買ったことを忘れてしまうのです。


火を使う料理は難しい

昼食や夕食の温め物。

火を使う調理。


これは父が担当していました。


妹も2〜3日に1回、

お惣菜や作り置きを届けてくれていました。


周りの支えがあって、

なんとか生活が成り立っていた状態です。


帰省した夫が気づいたこと

夫は父の介護をしながら、

母のサポートもするようになりました。


料理を作る。

朝食を準備する。

片付けをする。


良かれと思ってやっていました。


ところが、

母は混乱してしまったそうです。


お湯を沸かしたまま忘れる。

お風呂のお湯を出しっぱなしにする。


いつもと違う流れになると、

何をしていたのか分からなくなってしまう。


認知症の怖さを感じたそうです。


だんだん優しくできなくなる

最初は理解していました。

認知症だから仕方ない。

病気なんだから。


でも、

父の介護もある。

ポータブルトイレの片付けもある。

病院との連絡もある。


ようやく終わった。

やっと自分のご飯が食べられる。


そう思った瞬間、

父に呼ばれる。


また用事を済ませる。


今度こそ食べようと思ったら、

母がその食事を片付けていた。


夫は、

「さすがに殺意が湧いた」

と言っていました。


もちろん本気ではありません。


でも、

そのくらい精神的に追い込まれていたのです。


ニュースの見方が変わった

夫はこう言いました。


「よくニュースで介護疲れの事件を見るけど」

「気持ちが少し分かる気がした」


認知症だと分かっている。

病気だと分かっている。


それでも、

自分に余裕がなくなると優しくできない。


声が大きくなる。

口調が強くなる。


そして最後は、

冷たい態度になってしまう。


そんな自分が嫌だったそうです。


同居介護は私たちには無理だった

今回の帰省で、

夫ははっきり言いました。


「同居介護は無理だ」


それは母が嫌だからではありません。


父の介護。

母の認知症。

家事。

通院。

手続き。


全部を一人で背負うのは想像以上に大変だったからです。


まとめ

認知症は、

何もできなくなる病気ではありません。


できることもある。

できないこともある。


その境界線がとても分かりにくい。


そして介護する家族は、

その対応を毎日繰り返します。


今回夫が帰省して感じたのは、

認知症の本人も大変だけれど、

支える家族も限界になることがあるということ。


だからこそ、

介護サービスを利用すること。

家族だけで抱え込まないこと。

それが本当に大切なんだと思いました。

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